雑記

高度1,000mの気球の上で起こった、超危険なこと

2019/07/24

いま思い出しても冷や汗をかくし、もう2度とあんな経験はしたくないと強く思う。でも誰か、それは「これから気球に乗ることがあるかもしれない誰か」に伝えなければならない。その使命感が僕にはある。

トルコ周遊5日間の旅へ

「トルコ周遊5日間」。これ以上の分かりやすいツアー名はない。とにかくトルコの名所を5日間で巡るものだ。これにお客さんではなく、同行スタッフとして僕は参加していた。

5日間という短い時間で、訪問できる場所はおのずと限られる。そうなると人気度の高い観光地が主なる行き先になる。

「トーキョー、キヨト(京都)、マウントフジ、ヒロシマ」

日本でいえばこんな感じだろうか。

これをトルコで、それも5日間だとこうなる。

「イスタンブール、カッパドキア、パムッカレ」

「イスタンブール」はトルコ最大の都市でエキゾチックな雰囲気に満ちている街だ。一方で奇岩が連なる「カッパドキア」と真っ白な石灰棚が広がる「パムッカレ」は世界遺産に登録されている希有な自然が魅力だ。

これら3つの観光地で、気球体験を売りにしているのがカッパドキア。朝日が昇る時間に合わせて、気球の上から眼下に広がる奇岩群を楽しむことができる、約60分のツアー。これは周遊ツアー本体には含まれておらず、オプション設定となっていた。金額は3万円ほど。40人ほどのツアー客のうち、およそ半数となる20人が参加した。

気球に乗って、カッパドキアの空へ

僕は早朝のホテルのロビーにいた。「上空は冷えるので防寒着をご持参ください」「しばらくトイレがないので今お済ませください」など、いくつかの案内を終えたのち、迎えのバスに乗り込んだ。夜明け前の暗い道を走ることおよそ15分。到着した場所には、空気の入ってない風船のように、いくつもの気球が横たわっていた。

※実際の写真

現地スタッフが気球のカゴ上部に付けられているエンジンを操作している。手の動きに合わせて火が放たれ、徐々に気球が膨らんでいく。その様子を、提供されたコーヒー片手にタバコをふかしながら見ていた。今では考えられないのだが、まだタバコが市民権を得ていた時代だった。後の祭りだが、この1本が運命を変えることになる…。

大空へと旅立つ時間が刻一刻と迫っていた。もう目前には温かい空気を蓄えた気球が準備され、順番にカゴに乗り込むよう案内された。僕と同じカゴには10名のお客さんと操縦士が1名。彼がアクセルを強くひねり、ひときわ大きな火が上がった。その瞬間、ふわっと。月面でジャンプを試みるようにふわっと浮き上がり、ゆっくりと浮き始めた。

徐々に上がっていく高度に比例して、見送りの現地スタッフ達が豆粒のように小さくなっていく。そしてゆっくりと地平線から朝日が昇りはじめ、眼下に広がる奇岩群を柔らかな光が照らしてゆく。周囲には同じようにカラフルな気球が数十個も浮いている。まさに絶景。この言葉はこの地のためにあるのではないかと思わせるような景色が広がっていた。

※実際の写真

高度1,000mの天国から地獄へ

離陸して30分ほど経ったころだろうか。そんな感動も吹き飛ぶ異変が起こった。

突然強い痛みが僕の下腹部を襲ったのだ。まさしく阿鼻叫喚。天国から地獄へ一気に突き落とされた。あまりにも想定外のことで頭が上手く回らない。

 

ただ僕は長年の経験で知っていた。

 

これを解決する唯一無二の方法を。

 

それは、トイレに行くことだと…。

 

しかし今、僕がいるのは高度1,000mの小さなカゴの中。もちろんトイレなんてない。ましてや携帯トイレなんて便利なものも持ってない。というかもし持っていたとしても、ここでどう使うことができようか。こうなった原因も知っている。タバコだ。紫煙をくゆらせることが、腸を刺激することももちろん知っていた。しかし、いまさら離陸前のあの1本を悔いても仕方がない。それになぜ「トイレに行っておいてください」と案内した自分が済ませてないのか。本当に悔やみ切れない。そんな行き場のない怒りをタバコや自分にぶつけるものの解決には一向に進まない。そう考えながらもひたすら括約筋に力を入れ続けていた。

 

頭の中の悪魔が「もうここでしちゃえば?」と囁く。その度に目に入るのは「わー素敵ね〜」と楽しむお客さんの姿。「こんな素敵な景色を俺のモノで汚してはならない。頑張れ俺、そして俺の括約筋」

何度も頭の中で同じやりとりを繰り返す。もちろん括約筋は常時フルパワーだ。

 

「あとちょっと、あとちょっと」と、内股でしばらく耐えていると、操縦士からアナウンスがあった。

 

「風が強いので、着陸できない。もう少し流されてから安全な場所に降ります!ィヨロシクゥ!」

 

まさに悲報。僕の人生史上最大の悲報といっていい。

「なっ・・・、まっ、マジか。終わった…。もうこれで上空1,000mでアレをもらした男として生涯を歩むしかないのか。せめてギネス記録に登録できないものだろうか…」

 

移り変わる絶景に喜ぶお客さんの一方で、僕の意識はどんどん遠くなっていった。

「もうダメだ…、アカン、ほんまにアカン…。もうこうなったらアレを手に取って下に投げるしかない。世界遺産を俺のモノで汚してしまうかもしれないけど、仕方がない。それしかお客さんにばれずに処理する方法はない(当時は本気でそう思っていた。今考えると臭いの処理はできないのだが)」

もう括約筋が活躍できるパワーはほとんど残っていない。格闘ゲームの体力ゲージがほぼ見えず「なんでまだ動けるんだよ!」ってぐらい残っていなかった。

 

そんな矢先、一筋の光が見え始めた。気球の高度が徐々に下がりだしたのだ。

「こんな地獄みたいな時間もやっと終わる、あと少し、あと少し…」

何百回「あと少し」と呟いただろうか。念仏のように唱え続けたお陰で、本当にあと少しで着陸というタイミングになってきた。そんな時、我が目を疑った。

 

降りる先が、大草原の真ん中に向かっているのだ。

考えてみれば気球という乗り物は瞬時に動くことができない。だから安全に着陸するには、周囲に木や建物などの障害物がない場所になる。そりゃそうだ。安全第一。大切なことです。

「って、安全とか言ってる場合じゃねー」もうね、括約筋が限界なわけですよ。とっくに限界の先。ピリオドの向こうへ行っちゃってるわけですよ。

地獄のフライトから帰還

限界の先の先まで、冷や汗だらだらで耐え続けた。そして、無事に着陸。アレは、まだ産声を上げていない。しかし緊急事態は変わらない。そんな中、降りた場所で待っていたものは、軽食&ドリンクサービス。現地スタッフが手際よく準備を始めるも、こっちはそれどころではない。トイレもない。「どこか尻を隠せるところはないか?」と探す。「あそこの背の高い草むらは?」「いやダメだ透けてしまう」「あの車の後は?」「いやダメだ。いつなんどき誰がくるか分からないし、臭いが食事中のお客さんを襲ってしまうかもしれない」「もうダメか…」そんな諦め始めたとき、数百mはあっただろう、遥か先の丘の上に建物が見えた。「あそこしかないっ!」。

 

「ちょっと行ってきます」と、お客さんからしたら「?」しか湧かない言葉を残し、脇目もふらずに走った。なんならボルトより速いんじゃないかと錯覚してしまうほど速く。しかも括約筋を締めたままだ。

草むらを抜け、フェンスを越え、そして建物に着いた。朝6時。民家のように見える建物は静まり返っていた。いちおう「ハロー」と声をかける。しかし無反応。もう一度強めに叫ぶ「ハローっ!」。再び無反応。「よしっ」と、不法侵入を試みる泥棒の気持ちが初めて分かった。そして奇跡が起こる。建物に入ることなくアクセスできるトイレがあったのだ。

 

すぐさまズボンを下ろす。極限まで出し惜しみしていたそれは、速射砲よろしく僅か数秒の間に体外へ排出された。「天にも昇る気持ちとはこんなことをいうんだな」なんて思いつつ、やっと我に返った。

 

「神様ありがとう」。トイレの神様に感謝を告げ、そして無反応な建物に「サンキュー」と言って、再び駆け足で、いやスキップも混じっていただろう足で、お客さんのもとに何食わぬ顔で戻り事無きを得た。

 

世界遺産を汚すことなく、僕の人生を汚すことなく。後にも先にも人生で一番根性を出した1時間の熱気球フライトだった。これを読んだみんなに知っておいてほしい。気球にはトイレがないということを。

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