雑記

異国の地で恐怖に襲われた夜の話

2019/11/14

「私は、幽霊を見たことがある」

 

こう言えるのは、ほんの一握りの人だけだろう。かくゆう僕も見たことはないし、存在自体も信じていなかった。あの日の夜までは・・・。

北欧に位置する、ノルウェーにて

霊感もなければ見たこともない僕が、その存在を認めざるを得なくなったのは、ベルゲンという街での体験だった。そこは、北欧に位置するノルウェー第二の街。世界を代表するフィヨルド観光の玄関口として知られ、街の中心には世界遺産に登録されているブリッゲン地区という古い町並がある。

Bergen

世界遺産ブリッゲン地区

僕はこの街をL君と共に仕事で訪れていた。同僚であり友人でもある同じ歳の彼とは、10代の頃に知り合った。以来、多くの苦楽を共にしてきた仲だ。そんなL君には霊感があった。一緒に過ごす中で「幽霊があそこにいるよ」なんてことを何度も聞いた。しかし僕は、直接見えないだけにあまり恐怖を感じることはなかった。

 

ベルゲンには、地球一周の船旅に関わる仕事できていた

彼と共に働いていたのが「ピースボート 地球一周の船旅」というものだった。文字通り船で地球を一周するもので、国際NGOのピースボートがコーディネートしているものだ。期間はおよそ100日間。幾つもの大海を渡りながら20もの国や地域に寄港し、観光や交流などを楽しむことができる。

僕らの仕事は、この旅に参加している約800名が寄港先で有意義な時間を過ごせるように準備することだった。具体的には、観光地やレストランなどを下見してツアーを作ったり、現地のNPOや学生とプログラムを作ったり。バスや飛行機、列車、ホテルなどを手配したり、船舶代理店と入港に際しての打ち合わせをしたりなど。日中はあちこちを駆け回り、夜になるとホテルで情報をまとめて、本社や船に送信。そして就寝するという日々が続く。

ベルゲンの街並み

ベルゲンはその寄港地のひとつだった。この街だけでなく、北欧は全体的に物価がとても高い。日本では五百円ちょっとのマクドナルドのセットが千円を超えるし、カフェで軽食を取るにも二千円を軽く超える。ホテルも例外ではなく、滞在が長期になるほど宿泊費がとんでもない金額になってしまう。いくら宿泊費が会社持ちとはいえ、可能な限り経費節約はすべきだろう(いい社員だったな笑)。その為、僕らはいわゆるホテルではなく、ゲストハウスのような所を寝床に選択した。

恐怖が待っていた、宿泊先の小さなワンルーム

そこはカフェの二階に幾つかの部屋を設けた宿だった。部屋の入口のドアを開けると左手に簡易キッチン、右手にバスルーム。そして奥には窓があり、その左右にシングルベッドがひとつずつ設置されていた。この宿は小高い場所にあったので、窓からは手前に住宅街、そして奥の方には背の低い山が見えた。

 

僕とL君は、この部屋で十日ほど寝食を共にしていた。その中のある夜。パソコン作業を終えて、寝支度を済ませた。たわいもない会話を少しした後に消灯し、室内には静寂が訪れた。しかしそれは長くは続かなかった。なんの前触れもなく、突然L君がこう言ってきたのだ。

 

「ねえねえ、多賀くん、嫌なこと言っていい?」と。

 

「え〜、嫌なことかぁ、あんま聞きたくないけどいいよ、なに?」と言うと、

 

「多賀くんのこと見てるよ…」

 

ゾクっとしたし、嫌な予感が脳裏をよぎった。しかし確認せずにはいられない。「えっと、何が俺のこと見てるの?」と聞いた。

 

「僕も怖くてあまり見られないんだけど、女の人だよ。窓からね、見てるんだよ」

 

予感は見事に当たってしまった。ここは二階。窓の外には、もちろん人が立てるスペースなんてものはない。

 

今までは、L君が「あそこに幽霊がいるよ」と言っても「そっかぁ、怖いな〜」なんて気軽に会話していたのだが、自分のことを見られていると言われたのは初めてだった。この時ばかりは、今まで経験したことのない恐怖を感じた。

 

そして聞いた。「えっと、とりあえず俺はどうしたらいいかな?」と。すると「とにかく背中は見せないで」との返事。すかさず「なんで?」と聞くと「入ってくるかもしれないんだよ。僕も見せないようにしてる」とまた怖いことを言う。「そっ、そっかぁ…。じゃあ仰向けしてたらいいね」「うん…」

 

その会話を最後に、目を閉じ、仰向けを続けながら幽霊が立ち去るのを待った。最初は「入られたらどうなるんだろう?」なんて考えながら、心臓の音が聞こえるほど、恐怖を感じていた。しかし時間の流れというのは凄いもので、徐々に恐怖心も薄れ、いつの間にか眠りにつき朝を迎えたのだった。

 

僕が直接見たわけではないが、僕が見られていたということ。そして演技とはまったく感じないL君の態度。あれがもし演技だったとしたら、アカデミー賞ものだろう。なんにせよそれらをきっかけに、僕は幽霊の存在を信じるようになった。しかし信じたからと言っても、未だ見たことはない。願わくは、このまま見ないまま生きていきたい。ただ、もし会ってしまったら…。背中を見せずにやり過ごそう。

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